歴史と娯楽と日常の狭間で

自分がこれまでに蓄えた歴史の知識、楽しかった娯楽、日常の気づき等を淡々と綴るブログです♪

【悠久なる大河】春秋時代(BC770~BC403)

前770年、周は洛邑に遷都(都を遷すこと)して、なんとか王朝としての命脈を保ったものの、実権はすでになく、代わって周辺の諸侯たちが、力を持つようになるのです。

 

そこから「春秋時代」が始まるわけですが、一部の書籍等では、この「春秋時代」と次の「戦国時代」を合わせて、「春秋戦国時代」なんて呼び方をしているものがありますが、厳密に言えば、「春秋」と「戦国」という形で、二つの時代にわかれます。

 

そして、今回はその「春秋時代」の方を語っていきます。

 

 

 

新たな時代の主役 「春秋五覇」

f:id:chijoji:20181020174504p:plain

さて、実権を失った周王朝に代わって、台頭してきた諸侯たちでしたが、彼らは実力があったにもかかわらず、周王朝を打倒しようとはしなかったんですね。

むしろ周王朝を盛り立て、その権威のもとに連合しようとしたわけです。

その連合を誓う儀式を「会盟の儀」というんですが、その儀式を主宰した国の君主こそ連合のトップ、つまり事実上の天下人たる「覇者」となれるわけです。

そして、各地の諸侯は、その覇者となるべく争いあうこととなるのです。

 

争いを制した覇者は五人。歴史は彼らのことを「春秋五覇」と呼びます。

ところがこの五人のメンバーは各文献でバラバラで、はっきりとしたメンバー構成はわからないんですね。一応五人の中にいたんじゃないかと思われる候補は、以下の8人です。

 

・斉の桓公(この人はどの文献でも必ず入っているので、ほぼ確定)

・晋の文公(この人も、ほぼ確定)

・宋の襄公

秦の穆公

・楚の荘王

呉の闔閭(こうりょ)

呉の夫差

越の勾践

 

今回は、この中から代表的な人物をピックアップして、さらっと紹介しようと思います。

 

まずは、斉の桓公

この人は、南方から黄河中流域の中原と呼ばれる地方に侵攻してきた楚の国を破り、前651年、葵丘というところで会盟をし、覇者となりました。

彼は、名宰相管仲(「三国志」の諸葛孔明が自らを、この人にたとえていたことで有名ですね)の補佐を得て、中原の秩序維持のために働き、諸侯の信頼を得ました。

 

次は、晋の文公。

「三国志」で諸葛孔明がこの人の逸話を語っているシーンがあるので、ファンの方の中には知っている人もいるかもしれませんね。

この人も前632年、中原に侵攻した楚を撃退し、践土というところで会盟し、覇者となりました。

でもこの人はどちらかというと、覇者になる前のエピソードの方が有名ですね。(今回その話は、割愛させていただきます……長いので 笑)

 

さて、この二人はどちらも南方の強国・楚を破って、覇者の座に就きました。つまり、共通の敵だったわけですね。

楚という国は、当時中原の諸侯からは異民族として扱われ、蔑まれていました。

そして楚は楚で、中原の諸侯の「周王朝を盛り立てる」というスローガンを無視し、周の王朝した使うことを許されない「王」の称号を堂々と使うことで、あからさまに中原の諸侯を敵視していたわけです。

 

前597年、そんな楚から覇者が現われます。楚の荘王です。(この人の逸話も「三国志」で語られてましたね)この事実は、異民族と見做されていた南方の国々が、中原の諸侯と並んだことを意味します。

 

そして、その南方の覇者でもっとも有名なのが、「臥薪嘗胆」の故事で有名な呉王夫差越王勾践です。

我が国・日本においても、様々な小説等の題材となっている両者の戦いは、最終的に越の勝利となる。しかしその越もその後、楚によって亡ぼされるのです……。

 

そして「戦国時代」へ……

こうして覇者の座をめぐり、諸侯はたがいに争っていたのだが、晋の国で起こったある事件を境に、時代は大きく変わっていくのです。

 

それは前403年、晋の臣下、韓氏、魏氏、趙氏によるクーデター事件です。

これによって晋は三つの国に分裂。それとともに、これまで覇者に従っていた小国たちは、大国によって次々と併呑されていき、最終的に秦、楚、斉、燕、趙、魏、韓の七国による「戦国時代」に突入するのです……。

 

この時代の代表的な人物

f:id:chijoji:20181020190835p:plain

 斉の桓公(?~前643年)

「春秋五覇」の一人。

名宰相・管仲の補佐を得、葵丘(河南省)で会盟。

最初の覇者となります。

 

f:id:chijoji:20181020191843p:plain

呉王夫差(?~前473年)

春秋五覇の一人。(と思われる)

彼と越王勾践の戦いは、「呉越同舟」等様々な故事を生みました。

「臥薪嘗胆」の「臥薪」の人。

 

f:id:chijoji:20181020192527p:plain

越王勾践(?~前465年)

春秋五覇の一人。(と思われる)

呉王夫差を破り、呉越戦争の最終的な勝者となります。

「臥薪嘗胆」の「嘗胆」の人。

 

f:id:chijoji:20181020193018p:plain

孔子(前551年?~前479年)

いわずと知れた、中国を代表する思想・儒教の祖。

 

f:id:chijoji:20181020193348p:plain

孫子(本名・孫武)(?~?)

こちらもいわずと知れた、兵学の永遠のバイブル「孫子の兵法」の著者。

長い間、彼と彼の子孫・孫臏(そんぴん)のどちらが孫子かわからなかったが、最近の研究で彼が孫子と半ば判明されました。

 

 

それでは失礼します。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。