歴史と娯楽と日常の狭間で

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【人物パラメーター】紂王(ちゅうおう)

 

 

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 殷王朝最後の王です。(殷王朝については↓を参照してください)

 

www.chijoji.com

 

あまりの悪逆非道な政事で民心を失い、夏王朝滅亡の原因を作った桀王とともに、暴君の代表的人物とされています。数々の無道な行いにより、周をはじめとする諸侯の反乱を招き、最終的に周によって都を包囲された紂王は、鹿台という建物に逃げ込み、宝玉で飾った着物をまとって焼身自殺を遂げました。殷王朝の滅亡です……。

 

 

将才

7点 

彼の軍事的才覚というのは、はっきりとはわかりません。

周との最終決戦である牧野という場所で行われた「牧野の戦い」で敗れているため、あまり戦上手のイメージはありませんが、この戦いは紂王を見限った将兵たちが勝手に周に降伏してしまい、半ば殷の自滅のようなものなので、これをもってして、彼の将才を語ることはできません。

あらゆる分野の秀才で、それがため臣下を見下していたらしいので、史書に記されていないだけで、それなりの軍事的手腕を発揮していた可能性はあります。

戦闘力

9点

これに関しては、間違いなくあります。史書によると、素手で猛獣を倒してしまうほどの怪力の持ち主だったそうです。また古典小説「封神演義」の話になってしまうのですが、最終決戦である「牧野の戦い」敗北後、都の城外において周の将50人に囲まれるという事態に陥りますが、その圧倒的武勇で囲みを突破するというシーンが描かれています。

知性

9点

こちらの方も抜群です。とても頭の回転が速く、口も達者だったため、どんなに自分に非があっても正当化してしまう弁舌の術に長けていたそうです。そのため臣下の忠告にまったく耳を貸さなかったそうです。

政事手腕

6点

 彼の行ってきた悪政の数々は、中国史上でも有名です。

妲己(だっき)という美女を寵愛し、彼女のいうことならばどんなわがままでも許すほどでした。彼女の頼みで「北里の舞」「靡靡(びび)の楽」といった淫らな曲を作らせたりしたそうです。しかしなんといっても、彼の悪政で一番有名なのは、池に酒を満たし、木々に食肉をぶら下げ、そのあいだを裸の男女が追いかけ合うという宴会を昼夜を問わず繰り広げたという「酒池肉林」でしょう。

このような贅を尽くす一方、民衆には重い税をかけました。当然、周辺の諸侯や朝臣たちは反発するのですが、そのような者たちに対しては、「炮烙(ほうらく)の刑」という残酷な刑罰を課したのです。それは、炭火を敷き詰めた上に油を塗った柱を渡し、罪人にその上を歩かせるというものです。(熱した柱に罪人を押し付けるという説もある)当然、罪人は熱さに耐え切れず、火中へ落下して焼け死ぬというわけです。

このような悪政を行ったので、本来なら2~3点が妥当ですが、それでも6点なのは、彼が史上初めて貨幣というものを用いようとしたらしいからです。もっともそれはあまりにも革新的すぎて民衆には受け入れられなかったそうですが……。

人望

1点

悪逆の限りを尽くし、欲しいままにふるまったきたので、人望などあろうはずがありません。

最終決戦である「牧野の戦い」でのことです。迫り来る周軍に対し、紂王は70万の大軍で迎え撃ちました。しかし、その70万の兵士たちは武器を逆さまに持って周軍に道を開き降伏したのです。つまりそれだけ紂王の人望は地に落ちていたわけです……。

 

 

それでは失礼します。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。