歴史と娯楽と日常の狭間で

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【人物パラメーター】鮑叔牙(ほうしゅくが)

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生没年不詳。春秋時代、斉の政治家。

 

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春秋五覇の一人、斉の桓公を補佐した管仲とは幼馴染で「管鮑の交わり」というとても固い絆で結ばれていました。桓公の太子時代からの側近で、後継者争いでは管仲と対立してましたが、桓公が即位した際に管仲を宰相に推挙しました。

 

 

将才

5点

鮑叔牙の本分は政治家ですので、軍事的な才覚はあまり期待できないでしょう。

戦闘力

4点

将才同様、特筆すべきものはありません。

知性

8点

鮑叔牙は桓公に対し、親友・管仲を登用することを強く薦めました。

これはもちろん鮑叔牙の管仲に対する強い友情ゆえだとは思うのですが、純粋に管仲の能力を高く評価してもいたのでしょう。事実、管仲は桓公を見事に覇者の座へと押し上げることに成功します。

 

管仲の天才的手腕のみが評価されがちですが、彼の才能を見抜いた鮑叔牙の洞察力も評価されるべきでしょう。

政治手腕

8点

管仲が宰相となって後の鮑叔牙は、徹頭徹尾管仲の補佐役に回りました。

管仲がその才を遺憾なく発揮できたのも、鮑叔牙の補佐あってのことだったのでしょう。

人望

8点

 後継者争いを制し斉の君主の座についた桓公は、当時ライバル・糾の後見人だった管仲を、以前暗殺されかかった怨みを晴らすべく処刑しようとしました。ところが鮑叔牙は、

「わが君が斉の主だけに甘んじられるというなら、私でもお役に足ることができましょう。しかし、天下の覇者になるおつもりなら、管仲は必要な人物であります」

と逆に管仲を登用するよう進言します。

 

しかし桓公は、管仲に対する数々の悪い噂を挙げて、なおも首を縦に振りません。

鮑叔牙はその悪い噂に対しても、一つ一つ熱心に弁護しました。以下にその弁護のやり取りを記します。

 

桓公「その方と管仲は幼い頃二人で商売し、いつも管仲のほうが分け前を余分に取ったと聞く」

鮑叔牙「それは私の家よりも管仲の家が貧しく、欲でそうしているのではないことがわかっておりましたゆえ、私が認めたのです」

 

桓公「そちは、管仲のために窮地におちいったことがあるとも聞いている」

鮑叔牙「あれは、管仲が私に名を成さしめようとして計画したことです。だが、それが裏目に出ただけで、人生すべて物事がうまくいくわけではありません」

 

桓公「管仲は幾度か仕官し、そのたびにお払い箱になったそうだが……」

鮑叔牙「それは、管仲が時節に恵まれなかっただけで、管仲が無能だった訳ではありません」

 

見事に論破された桓公は、ついに管仲を登用し、宰相に抜擢します。

後にこのことを知った管仲は、こう言いました。

「われを生めるものは父母なるも、われを知るものは鮑子(鮑叔牙)なり」

と……。

 

そして二人は終生固い友情で結ばれ、互いを支えあったといいます。

後世の人々は、そんな二人の美談を「管鮑の交わり」として語り伝えました……。

 

 

それでは失礼します。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。