歴史と娯楽と日常の狭間で

自分がこれまでに蓄えた歴史の知識、楽しかった娯楽、日常の気づき等を淡々と綴るブログです♪

恋愛……そして、欠けた「心」

歩く。荒れた荒野を、ただ歩く。

彼は憤っていた。何故自分だけが、このような荒れ果てた地を彷徨わねばならないのか。自分以外の多くの者は、光り輝ける地で思う存分、生を謳歌しているというのに……。

 

……ふと目の前に、一輪の花が……。「花」、輝ける地にしか咲かない「花」。

彼は引き寄せられるように、その「花」に触れる。が、触れると同時に、その「花」は消えた……。まるで初めから存在などしていなかったかのように……。

 

彼は、また歩き出した……。

 

 

恋愛……それは荒野に咲いた「花」

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それは定時制高校を卒業して間もない20歳の時のことです。就職に失敗し、派遣社員として働いておりました。

 

20歳……このぐらいの頃になると、恋人の一人も欲しくなる頃です。ご他聞に洩れず、僕も恋愛に飢えていました。しかし、僕の身分は派遣社員…。そうそう付き合ってくれる女性などは、居りません…。やはり「一般的な価値観」に照らし合わせると、異常なことなのでしょう……。

 

ちなみに、高校時代は付き合いたいと思う女性はいませんでした。ご想像がつくとは思いますが、定時制高校は基本的に、ギャル系の女の子しかいませんから……。(ギャル系は僕の好みではない……)

 

今でこそ多少は達観してきてはいますが(それでも去年、心を揺さぶられる大事件がありましたが、また別の話…)、当時はそりゃあ悶々としたものです。それこそ狂おしい程に……。

 

そんな悶々としていたある日、ふと立ち寄ったスーパーでレジを打っている一人の女性が目に入りました。透き通るような白い肌、愛嬌を帯びたくるりと大きな瞳、よく手入れされた茶髪のロングヘアー……なかなかに可愛らしい女性でした。しかし、最初は「可愛らしいな」という程度です。それ以上の感情は特に抱きませんでした。

 

しかし、その日以降、僕は度々彼女の勤めるスーパーへ通うようになりました。そして、徐々にではありますが、互いに話をするようになりました(最初に声をかけたのは、僕の方でした)。少しずつ距離が近くなっていく感じが、とても嬉しかったのを、今でも覚えています。

 

ところがある日、彼女が唐突にこう言い出したのです。

 

「私、今日でこの店、辞めるんです……」

 

僕はとても狼狽し、しばらくその場を立ち去ることが出来ませんでした……。

「彼女が店を辞めてしまったら、もう二度と会えなくなってしまう」

そんな想いが、僕の中で渦まいていました。最初は何とも想っていなかった彼女に対して、いつの間にか荒野で一輪の花を見出したかのように、恋をしていたのです……。

 

僕は一生分の勇気を振り絞って、自分の連絡先を彼女に渡し、その場を立ち去りました。かかって来るわけはない、でもこのまま何もしないで終わるのはいやだと思ったのです……。

 

そしてその晩……。なんと! 彼女から電話がかかって来たのです! 

僕はこの奇跡のような出来事に舞い上がらんばかりに喜んでしまいました。時間を忘れて話し込んだのを、今でも覚えています。そして、その場でデートの約束をしました。

最初のデートは、駅前の商店街を回るだけの他愛の無いものでしたが、僕にとってはこれまでの人生の中で、最高の一時でした……。

 

その後も何度かデートを重ね、僕の中では順調に交際を深めていったつもりでした。しかし……、

 

「今までの付き合いは、無かったことにしたい……」

 

その一言は、唐突に告げられました……。

 

……「花」が散った……。

 

欠けた「心」……そして、その隙間を埋めたい人たちへ……

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彼女の言い分は、こうでした。

 

「私が寒そうだったり、具合が悪そうでも、全然気を使ってくれない……」

「お弁当を作ってきても、うれしそうにしない……」

「前の彼氏の方がよかった……」

 

僕は思わずはっとしました。言われてみれば、確かにそのような態度に出ていたと思います。しかし、言われるまでその事実にまったく気づくことがなかったのです。

 

どうしてそんな事も気づけなかったのか?

当時は分からなかったが、今ならはっきりと分かります。それは僕の幼少期の経験に基づいたものだったのです……。

 

僕は母子家庭で育ちました。母は女手一つで僕たち姉弟を育てるため、夜遅くまで働きづめで家に帰ると毎晩のように「あっちが痛い」「こっちが痛い」と体の不調を訴えていました。僕はそんな母の声を子守唄がわりに聞いて育ちました。

 

そしていつの間にか僕は、体の不調を訴えるような人に対して淡々と接するようになっていったのです。まるで怪我人や病人の扱いに手馴れた医師や看護師のように、淡々と……。

 

「思いやりの心」というものが、完全に欠けてしまっていたのです……。

 

そしてその欠けた隙間から、僕は大切なものを落として失ったのです……。

 

 

 

成長の過程や育った環境によって何がしか「心」が欠けるというようなことは、誰しもあると思います。そして、その隙間に悩むことも……。

 

けれど、悩む余りその隙間を否定してしまってはいけません。

否定は焦りや苛立ちを生み、最終的にはより深い自己否定へと陥ります……。

肝心なのは、心の隙間をありのまま受け入れること。そして、自分の出来る所からすこしづつその隙間を埋めていってください。くれぐれも欠けた「心」の隙間から、大切な何かを失わないよう……。

 

 

それでは失礼します。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。