歴史と娯楽と日常の狭間で

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孫武 「孫子の兵法」を著した兵法学の父

「孫子の兵法」……あらゆる兵法書の原点にして、頂点といっても過言ではない兵学のバイブルである。その内容の濃さは軍事のみならず、ビジネスや対人関係のスキル等、幅広い分野で応用されている。最近ではかのビル・ゲイツが愛読していたことでも、有名である。

 

さて、そんな「孫子の兵法」であるが、その著者に関しては、あまり知られていない。今回は、「孫子の兵法」の著者だと言われている孫武という人物について綴ろうと思う……。

 

 

孫武、斉から呉へ……

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孫武は、春秋時代(紀元前770年~紀元前403年)の戦略家。斉(山東省)出身。

当時の斉という国は、いくつもの門閥貴族による勢力争いが激しく、内紛が絶えなかった。孫武はそうした内紛に巻き込まれ、一族共々斉を出奔。南方の強国・呉(蘇州周辺)へと亡命した……。

 

おそらくこの時、「孫子の兵法」を著したと思われるが、その完成度は当時からすでに有名だった。ある日、「孫子の兵法」に感銘を受けた呉の重臣・伍子胥(ごししょ)が孫武の元を訪れた。

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当時呉は中国の覇権を握るため、広く人材を募っていた。孫武の才を高く評価した伍子胥は、彼を呉王へ推挙すべく、王宮へと招いた……。

 

孫武、美女180人を練兵す……

王宮へ招かれた孫武は、呉王闔廬(こうりょ)に謁見する。闔廬は言う。

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「先生の兵法書13篇はすべて読んだ。ひとつ、宮中の女たちを使って、訓練の様子をみせてくれないか?」

 

伍子胥の推薦があったものの、正直どこの馬の骨とも分からない孫武をいきなり信用する気にはなれなかったのだろう。また、「孫子の兵法」とやらが、どの程度実戦的なのか、軍事に縁のない女たちを使わせて試してやろうという思惑もあったのだろう。

孫武は答える。

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「よろしゅうございます」

 

ただちに宮中の美女180人が集められ、練兵が行われることになった。

孫武は、彼女たちをふたつの隊に分け、王の寵愛の厚い2人を隊長とした。そして、それぞれの隊に、練兵時の動作や号令の指示を繰り返し説明した。しかし、いざ本番を迎え、孫武が号令しても彼女たちは笑うばかりで、一向に指示に従わない。孫武は、

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「これは将たる者が、命令を理解させなかったからで、わたしの責任だ」

 

と言って、もう一度噛んで含むように説明を繰り返し、再び号令したが、やはり彼女たちは笑って指示に従わない。

 

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「最初に号令が徹底されなかったのは、説明不足だと思われ、将であるわたしの責任だっただろう。しかし2度目は違う。今回は全員が理解していたはずだ。それでいて命令が徹底されないのは隊長の罪である」

 

と言って、2人の隊長を処刑しようとしたが、それを見ていた闔廬が、

 

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「先生が用兵の達人であることはよくわかった。だが、わたしにとってその2人の女は大切な者たちだ。処刑だけは勘弁してほしい」

 

と言って止めたが、孫武は、

 

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「わたしはすでに命令を受けておりまして、将となっております。将たる者は、たとえ君命といえども聞かない場合があるのです」

 

と答え、容赦なく2人の寵姫を処刑してしまった……。

そして、別の美女2人を新たな隊長に任命し、改めて号令をかけると、今度は誰一人として逆らわず、忠実に従った。

 

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「訓練は終了しました。今、王が命令を下されれば、兵はたとえ火のなかへでも、水のなかへでも飛び込むでしょう」

 

と孫武は言った。しかし闔廬は、

 

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「それにはおよばない。わたしは見たいとは思わない……」

 

と不機嫌に答えた。すると孫武は、

 

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「王は兵法の論理を好まれるだけで、実際に使うことには興味がないようだ」

 

と答えたという……。

 

しかし、一旦は機嫌を損ねたものの、孫武の才だけは認めていた闔廬は、孫武を将軍に抜擢する。

 

将軍となった孫武は、隣国・楚(湖北省・湖南省)の都・郢(えい)の陥落。斉、晋(山西省)を牽制する等、その才を遺憾なく発揮し、呉を強国へと押し上げていったのです……。

 

孫武について分かっていることは以上だ。その後、隠遁したとも、粛清されたとも言われているが、くわしいことはわかっていない……。

 

孫武を題材にした作品