歴史と娯楽と日常の狭間で

自分がこれまでに蓄えた歴史の知識、楽しかった娯楽、日常の気づき等を淡々と綴るブログです♪

「歴史」の記事に関して、見つめ直してみた……(2週間も更新が滞った言い訳)

読者の皆様、2週間も更新が滞ってしまい、誠に申しわけございませんでした。実はこの2週間、ブログの方向性について悩んでおりました……。

 

なぜゆえにそのような悩みを持つに至ったか。以下、その顛末を記すと共に、今後の当ブログの方向性についても、併せて綴っていきたいと思います……。

 

 

Twitterでの、ある歴史ファンとのやり取り……

事の起こりは、ある日のTwitter上での事であった。

 

僕はある歴史ファンの方のツイートを目にした。それは、ある歴史上の人物の魅力について書かれたものであった。だが、僕はその人物に対して否定的な考えを持っていたので、そのような旨のコメントをそのツイートに寄せさせてもらったのだ。

 

数時間後、件のツイートをした彼から、以下のような返信が返ってきた…。

 

「歴史書等の記述に従えば、どのような人物に対しても、そのような評価は出来るでしょう。僕は只単に“事の上辺だけで考えれば”という条件を言外に含んで、あのようなツイートをしました(要約)」

 

……「言外に込めた意味も読み取れず、歴史書の記述のみでした物事を語れないつまらない奴」と言われたような不快感が咄嗟に僕の感情の中を流れていった……。

 

このような事を言われた時点で、引き下がればよかったのだ。しかし、僕は不快感と好奇心が綯い交ぜとなった感情の下、さらに以下のような返信をしてしまった。

 

「それでは、具体的に〇〇(件の歴史上の人物)のどのようなところに、魅力を感じているのでしょうか?」

 

翌日の彼からの返信は、僕の想像を絶したものだった。

 

なんと彼は、自身が集めた件の人物についての歴史的資料のURLを大量に貼り付け、その資料に基づいた己の見解を延々と5ツイートにも亘って綴ってきたのだ! のみならず、彼はその大量の資料を基に、僕が件の人物に否定的な考えを持つに至った心理すらも勝手に推し量るかのような事まで言ってのけたのだ!

 

……「歴史の記述のみでしか物事を語れないのはどっちだよ」……僕の不快感は、頂点に達した……。

 

不快感の本当の理由……そして今後のブログの方向性

しかし、ここでふと別の考えが頭に浮かんだ。

 

「彼に対してこんなにも腹を立てるのは、何だかんだ言って彼の知識量を妬んでいるだけなのでは……」と。

 

人間は誰かに嫉妬をしてしまいそれが極まってしまうと、嫉妬の対象に対して攻撃的な感情を抱くことでその存在を否定しようとしてしまうものだ。何の事はない、僕の不快感の原因は単なる嫉妬に過ぎないのだ。

 

そうと判ってしまうと、僕はブログに於いて自身の乏しい知識量で「歴史」の記事を書いていくことに疑念を抱いてしまった。否、この疑念は随分前から感じていたことだ。今回の一件で、それがはっきりしたに過ぎない。

 

2週間悩んだ末、僕は「歴史」に関する記事はしばらく書くことを辞めようという結論に至った。ひょっとしたら、そんなに悩む必要はないのかもしれない。だが、僕自身このような疑念に囚われたままでいる以上、書き続けることは不可能だ。

 

今後は、過去の体験談や日記、エンタメ作品の感想等を綴っていき、「歴史」に関しては極々ライトな内容の記事をたまに綴る程度にしていこうと思う……。

 

 

 

最後までご覧いただき、ありがとうございました。