歴史と娯楽と日常の狭間で

自分がこれまでに蓄えた歴史の知識、楽しかった娯楽、日常の気づき等を淡々と綴るブログです♪

アウトプットがしんどい……インプット過多な生活

先日、久方ぶりにブログを更新した。実に4ヵ月ぶりだ。

 

何故こんなにも間が空いたのか?単純に身辺が慌ただしかったというのもある。

だが、最大の理由はしんどかったからなのかもしれない…。

 

ブログを始めてみて気付いたことだが、僕はこれまでの人生において、能動的に何かを発信する、所謂アウトプットという行為をしたことがあまりなかった。これまでの生活においても、炊事や洗濯、部屋の片づけ等(これらも一種のアウトプットだと思っている。特に炊事…)、何がしか能動的な動きが要求されるものに対して積極的になれない……。

 

対して僕が毎日積極的に取り組んでいる趣味はというと、「読書」と「映画orドラマ鑑賞」……実にインプット過多な趣味である。

 

何故このようなインプット過多な人間になってしまったのか?……原因は、幼少期にあるように思う……。

 

 

インプットのみを強要された幼少期

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僕は女・女・男の三人姉弟の母子家庭、つまりはバリバリの女系家族の中で育ったわけだ。そのような状況で育ったためか、僕は自分の「男」としての振る舞い方がまったく分からず、又それを教えてくれる存在もいなかった……。

 

加えて厄介だったのは、下の姉の存在である。

我が家は、上二人が年子で僕だけが2~3歳下という構成上、必然的に姉二人は何かと比較されて育ってきた。優等生である上の姉に対してコンプレックスを抱いていた下の姉は、そのコンプレックスからくるストレスを僕にぶつけてきた。

 

「あれをしろ」「これをしろ」「あれはダメ」「これはダメ」……。

姉は僕の一挙手一投足に対し、一々指示or駄目だしをしていた。そしてその都度必要以上に尊大に振舞い、僕の頭を抑え続けた。あたかも上の姉に対して得られなかった自己肯定感を取り戻すかのように……。

 

気がついたら僕はすっかり姉の言いなりになっていた。何もしなくても何でも姉が決めてくれた。僕は姉の指示を待つだけでよかった。姉の与えてくれるものを受け取るだけの受動的な生活。終いにはトースト一枚焼くのも、湯飲みにお湯を一杯注ぐのにも一々姉の許可を得ようとする始末……。

 

能動的に動くことを許されず、受動的であることだけを求められた幼少期……。

僕のインプット過多な生活の原点であるように思う……。

 

インプット過多な男が見せる、ささやかなアウトプット

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…とまあ、以上が僕が自分で思うインプット過多な人間になってしまった言い訳理由である。

 

他にも待望の初の男の孫ということで祖父母が思いっきり甘やかしたとか、幼稚園時代に苛められて委縮するようになったとか色々な要因があるとは思うが、僕が受動的になってしまった大きな要因は、上記した通りである。

 

……しかし、そんな僕が、最近ブログやTwitterでしんどいながらも、少しずつ何かを発信している。ちょっと能動的な人からすれば、「何だそんな事か」と思うことだろう。しかし、僕の様な受動的な人間からしてみれば、大きな進歩である。

 

「他人にとっては小さな一歩だが僕にとっては偉大な一歩だ」

 

……かの有名な宇宙飛行士の言葉ではないが、要は他人との比較ではなく、自分だけを見つめて、その中の小さな変化を承認する。自分のライバルは他人ではなく、自分自身……。

 

…僕のように何かしらのコンプレックスを背負い自己肯定感の低い人は、この様な心構えで生きてみてはいかがだろう……。

 

 

 

………けど、やっぱしんどい(笑)

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。